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マーカス・ヒルトンMBE

「これ程すばらしいものはない-(→ - )世界最良(→最高)のオーケストラに支えられた世界最良(→最高)のダンサーたち。すごい!」

「一言で言うなら、現在世界最良(→最高)のオーケストラだ」


「一言で言うなら、現在世界最良のオーケストラだ」

ピーター・マックスウェル


「まさに驚くべき音楽だ。ブラックプールに来るようになって何年にもなるが、このオーケストラは、他のものとは(→とは)全く比べ物にならないくらい素晴らしい」

ケニー・ウェルシュ

 

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プロフィール

 

私は1967年12月にブラックプールで生まれました。両親は共に教師で、母は英語、父は数学の教師でした。祖父のモーリス・スマートには会ったことはありませんが、オーケストラで大変成功した人のようで、1950年から14年にわたってロンドンのクラブ400に所属し、ジェームス・ポンドシリーズの著者、ラン・フレミングが書いた本によると、世界の富豪や有名人を相手に演奏していたようです。

偶然にも、私のオーケストラのバス演奏者のカール・バーネットの父親は、祖父のモーリス・スマート・オーケストラでギター奏者だったハリー・バーネットだったことを知りました。

4歳の時、私はウィガンという北部の小さな炭鉱町に引っ越しました。12歳から学校でトランペットのレッスンを受け始めましたが、それは1週間に1時間、授業をさぼるためのようなものでした。練習は嫌いではなく、その上、若者の音楽が上達するように上手く構成されていたので、私の音楽も、そのように上達して行ったのでした。2年後にウィガン青年ジャズオーケストラに加わり、初めて出たコンサートはロンドンのロイヤル・アルバートホールでした。また、初めてお金を頂いて演奏したのはモナコ・ボールルームで、当時15歳。これが演奏家の始まりと言えるかもしれません。

同じ頃、私はナショナル・ユース・ジャズ・オーケストラに入りました。17歳の時、BBCのビッグ・バンド・コンクールに参加したところ、英国のベスト演奏者に選ばれました。これには自分でも驚きでした。 なにぶん、「ソリスト・オブ・ザ・イヤー」の賞を得たのですから。その上、受賞式で演奏した模様がBBCラジオ2でライブ放送されたのです。それから、私はヨーロッパの国々や香港や日本も周りました。18から21歳の時、リーズ音楽大学でジャズ&コンテンポラリー音楽を勉強し、首席演奏者として卒業できました。それ以来、私は様々なバンドやオーケストラと共演したり、ラジオ、テレビ、ショー、映画に出演したり、DVDやアルバムでも演奏をしました。素晴らしい人々と仕事する幸運も得ましたが、数ある中で最も思い出深いのは、イギリス皇室のための演奏 — 女王陛下、フィリップ皇太子、ウェールズ皇太子夫妻 — でした。共演者としては、フランク・シナトラ、デイム・シャーリー・バッシー、トニー・ベネット、トム・ジョーンズ、ステファン・ グラッペリ、エルトン・ジョンなどなどがいます。

妻のスザンヌ(素晴らしいダンサーなんです)とは1991年にブラックプールで出会い、10年後に結婚。ジョディ(5歳)と エタン(2歳)の2人の素晴らしい子どもがいます。彼女に出会って間もなく、自分のツアーを制限して、できるだけ家に近いところで仕事をしようと決心し、今は毎年ブラックプールで仕事をしています。ブラックプールのタワー・ボールルームで11年以上トランペット奏者として、様々なバンドやオーケストラと一緒に仕事し、その間も、5つのオーケストラで音楽ディレクターのアシスタントを勤めていました。

1996年、アービン・ティッズウェル・オーケストラに所属しましたが、彼が2002年に引退した後、レジャー・パークス社とジランド・マッケンジー氏の依頼を受けて、このブラックプール・ダンス・フェスティバルの音楽監督を引き継ぐことになりました。2004年にはまた、ブラックプールのタワー・ボールルームへの音楽提供を依頼され、そこでは4年間、エンプレス・オーケストラや7組のダンスバンドと共演していました。

2002年に引き継いで以来、約50万人のダンサーと聴衆に向け演奏し、BBC、ITV、チャンネル4、RTL&SKYに出演しています。私達の音楽は70カ国以上の国々で放映され、世界中で約14億人の人々に聴かれています。

私達が演奏する主なイベントには、ブラックプール・ダンス・フェスティバル、ブラックプール・ジュニア・ダンス・フェスティバル、ブリティッシュ・ナショナル・ダンス選手権、ブラックプール・シークエンス・ダンス・フェスティバル、BDFワールド・プロフェッショナル・ボールルーム、及びラテン・ダンス選手権、そしてBDFスター選手権などがあります。どのイベントでもフェスティバルでも本当に楽しんでいますが、ブラックプール・ダンス・フェスティバルは特別です。歴史ある、真に万人に解放された、最高の名誉であるブラックプールのチャンピオンの座をかけた戦いの場所だからです。そのように素晴らしいフェスティバルで音楽監督を勤められるのですから、これ以上の名誉はないと思っています。世界中の誰よりもいい場所からダンスを眺めつつ、私たちの演奏でダンサー達を(観客にもですが)鼓舞し、彼らが最高の踊りができるようにする責任があります。

そのために、演奏している間中、彼らを最高の状態にしてあげる責任があります。一音ずつ、1曲ずつ、そして、その瞬間瞬間を懸命に仕事する責任があります。

ステージには天才的なミュージシャンが数名おり、そうした人たちのプロ意識でもってひとつにまとまっているため、世界のトップ・ダンサーたちから、教師やジャッジ達からも世界最高のボールルーム・ダンス・オーケストラとして評価されています。

今後の見通し? 将来は明るそうです。契約は2015年までありますし、新作CD「オールウェイズ&フォーエバー」も出ましたし、オーケストラ用の作曲も編曲もやりがいがありますし、世界中からのベスト・ダンサーたちに演奏することを充分楽しんでいるのですから。その他として、アジアと南太平洋へのツアーは将来実現したい目標です。最近、アジア・オープン・ダンス・ツアーについて、とても前向きな話が行われまし

たが、是非そのような素晴らしい機会が訪れる事を願っています。私達にとって非常に名誉なことになるでしょうし、私達が参加させて頂く事により、AODCツアーに更なる世間の注目が集まるよう、お役に立てればと思っています。当然の事ながら、こうした大きな試みには、大きなスポンサーが必要でしょうが、近い未来、これが実現することを願っています。